tadapiyoのどうって事ない日々

時々パン焼いてます

AIって、まだ「通訳越し」なんだよね

最近、Pollo AIとかSunoとか触っています。

動画を作るAIとか、音楽を作るAIです。

正直、すごいです。

初めて動いた時は、「うわっ…」ってなりました。
頭の中にしかなかったものが、急に映像や音になって出てくる。

ちょっと未来でした。

でも、しばらく触っているうちに、妙な“もどかしさ”が出てきました。

私は今、ChatGPTやGeminiに相談しながら、動画AIや音楽AIに投げるための「プロンプト」を作っています。

つまり、

「AIと話して、別のAIに指示を出している」

んですよね。

これ、冷静に考えると結構不思議です。

たとえば、

「もっと朝っぽく」
「綺麗すぎる」
「もう少し寂しい感じ」
「なんか違う」

みたいな、まだ言葉になりきっていない感覚。

そういう曖昧なものを、ChatGPTやGeminiとは延々と会話できます。

だから、思いつきが少しずつ形になっていく。

キャッチボールみたいに。

でも、Pollo AIやSunoは、そこが弱い。

もちろん性能はすごいです。
一発で「おぉ…」ってなるものを出してくる。

ただ、“会話”ではないんですよね。

こちらが投げたものに対して、

「こういうこと?」
「じゃあこれは?」
「この方向いいね」

みたいなやり取りをしながら、一緒に育てていく感じが薄い。

だから時々、

「私は今、AIと創作してるんじゃなくて、“AI用の呪文”を書いてるだけなのでは?」

と思う瞬間があります。

本当は、Pollo AIやSunoと直接やり取りしたいんです。

「違う違う、そうじゃなくて」
「今の良い!」
「もっとこう!」

って、その場で会話しながら作りたい。

プロンプトという“翻訳”を挟まずに。

多分、人間って「完成品」が欲しいだけじゃないんですよね。

一緒に考えてほしい。

壁打ちしたい。

「わかるわかる」って返してほしい。

だから私は、結局ChatGPTやGeminiと長話をしてしまうんだと思います。

生成AIはどんどん増えています。

動画。音楽。画像。文章。

でも、その中で今いちばん人間っぽいのは、案外「会話」なのかもしれません。

 

「英語ができればいいじゃん」とも思うけど、それとはまた違う話。

 

ありがとう